軋み

軋んでいる

評論評論

はんつ遠藤氏のことを認識したのは、ツイッター上で見かけた「人妻シリーズ」という何やらキツいにおいのするワードだった。検索するとその異臭の正体が、同じくツイッターで盛り上がったラーメン評論家というワードから移ってきたものだということが分かり、その直後には件の怪文書、2021年9月28日現在で最大級のホットエントリに突き当たった。魚拓、というワードでググると言葉そのものを表す魚拓に関連するものよりも上、というか一番上にウェブ魚拓が結果として出てくるようになって久しい。例え記事が消されようともすでに幾枚ものウェブ魚拓が残されているのだろう。インターネットタトゥーがおしゃれになった前例は今まで見たことが無い。

正確には肩書はラーメン評論家ではなくフードジャーナリストということだが、俺はこの部分を特に強く覚えている。氏本人が自ら余談として、その肩書を訂正しつつ強調する語った個所が文体、タイミングともに最高すぎた。「これ、余談なんですが…」から始まる文章が余りにも強烈だった。文章が二転三転していたので

、むしろ全体を通しての主張についてあんまり覚えていない。「それ、僕です!」で結んだ、不安をあおるような第1パラグラフや「女性や子供には手を出さない主義」というPR、自分をして「昼間はそこそこいいやつ」など「ラーメン店主の対するはんつ遠藤の意見」という記事のタイトルをそっちのけで挟まれる自意識がかなりの分量で含まれている。やはりラーメン評論家改めフードジャーナリストともなれば基礎代謝に加えて、日ごろからこういった場でカロリーを放出していなければ健康体ではいられないのだろうか。

〇〇ちゃん、オハヨウ〜(笑)(^з<)今日はもう寝ちゃったのカナ🤑そろそろご飯行こうよ❗ご要望とかはあるのかな😃😍❗❓ #おじさん文章ジェネレーター

去年か一昨年あたりに謎の流行りのあったおじさん構文だが、その書式として半端な半角カナやファーストネームをちゃん付け、😅😃💦などの絵文字を勝手に想定していたが、本物を前にしてそういった前提はすべて崩れ去り、おじさん構文などというものは存在せず、それはおじさんが書いた文章に宿るものなのだという、ある種の自己参照だという結論が今回の件で見えてきた気がする。てらてらベタベタぬるぬるした油っぽい何かで覆われていて目だけがギラギラ輝くようなものはもうおじさんだし、文章もまた同じことなのだと。ネットリテラシーの欠如、パーソナルスペースの広さ(図々しさ)、親切心を笠に着た下心などは依然としてデカいジャンルではあるものの、おじさん界隈の正体とはそれらが渾然一体となったバーリトゥードである、という仮説。書いている内に何かベタベタしてきた気がするのでこの辺で終わりにしときます。